(原文はB5判 縦書き3段組み)

            凌霜うたひ会風景

                    東京・TT

 

  東京の凌霜同人同好者からなる謡曲の会が毎月盛大に催されつゝあることを御存知ない方

 が大分多いようだ。これ迄は会長の音申吉氏から本誌上で時々報告されて来たが今回は世話

 人の私から通信させて頂き同好の方々の認識を拡め、且つ今後参会をお勧めしたいと思う。

  さしむき、最近の催しから御披露をすると、去る七月六日(日)午前十時、代々木霞荘で

 庭前のグリーンを眺めながら、浴衣がけで寛ぎのある夏季別会を催した。その番組容客は次

 の通り。(役割略)

  素謡     賀茂・忠度・雲雀山・蟬丸・熊野・葵上・俊寛・三井寺・猩々

  独吟     鵜の段・盛久・摂待・頼政・野宮

   仕舞及舞囃子 小塩・山姥

   囃子及一調  藤戸・勧進帳・柏崎・羽衣

  

  斯く盛り沢山の番組で午前十時から午后七時迄連続九時間、盛会裡に進行し、番組終了後は

 好例により小宴を催した。この小宴がまた実に楽しいものであることは来会者のみが知るものだ。

  当日の来会者は、伊藤述史(1回)、音申吉(6)、沢木正太郎(如水会)、藤井喜代治(10)、

 松川武一(10)、西川清(10)、高田透(10)、玉伊辰良(19)、田中梅作(16)、森川瑛(17)、

 上村英男(19)、三木静雄(23)、角森康良(昭32)の諸氏、婦人会員では佐々木義彦夫人(2)、

 矢野政子氏(2)、橋本やな子氏(4)、松川武一氏夫人(10)、玉伊辰良氏夫人(19)、高田透氏

 夫人(10)、総計十九名であった。

   当日差つかえで出席されなかったが常連会員として、江波戸鉄太郎氏(4)、伊達泰治郎氏(6)、

 竹内鎨之助氏夫妻(6)、三木六郎氏夫人(7)、吉谷吉蔵氏(7)、臼井経倫氏(4)、松本幹一郎

 氏(12)、藤田寿雄氏(学1)等があり、何れも錚々たる大家である。

  さて、事の序でに此の会の特色について少し述べさせて貰うと、会員の大部分は観世流であるが

宝生流には江波戸、吉谷、玉伊夫妻、角森諸氏があり、新進角森氏以外はいずれもベテラン、

江波戸氏の仕舞、吉谷氏の一噌流の笛、玉伊氏夫妻の大小鼓は定評がある。喜多流では中山清三郎

5)、松本、久住、藤田の諸氏、金春流に井上喜与記氏(9)があり、時々参加してそれぞれ得意

の芸風を発揮して居られる。何れ劣らぬ猛者ぞろい、まだこの外に隠れた謡曲家が多数あるが名は

省略させて戴く。

  だが、何といっても会員の大部分は観世流で、技倆、経験ともにヴァラエティに富み多士済々で

ある。抑もこの会の創始者は第6回の音会長を含むヒマラヤ会の前記の諸氏で、それに音氏の旧友

沢木氏(如水会員だが特に当会に参加された)で、爾来会を重ねること四十数回、常連会員は三十名

以上を数うるに至った。

  古参の音氏はリーダーの名に叛かず、その気骨ある謡は恰も古武士を偲ばせるものがあり、橋岡

久太郎に師事して、特異の芸術論や批評眼は持前の諧謔を交え、聞く者をして飽かしめない。さらに

宴会ともなれば談論風発、傍らの後輩を捉えて時に辛辣な批評を浴びせることもある。けだし、この

会は他所の会では見られぬ和気藹藹の内に啓発されること屢々である。さて、こうなると誰れ彼れと

なく謡に関する意見や感想を持ち出したり、批評を交換したり、また、独吟が飛出すかと思えば羽衣

や松風のコーラスが出る、はては小歌が出たり、校歌の合唱になったりなどして時のたつのも忘れ勝

ちだ。或人曰く、この会には毒舌家もある代わりに、遠慮がいらなくて本当によい勉強になると。

  最近は伊藤述史氏が毎回出席され、後輩を激励されると同時に自らも蘊蓄を傾けられた。大体、

 の会のメンバーは年は取っても精神年齢の若い人が多いのだが、特に伊藤氏は壮者を凌ぐものがあり、

 記力の良い証拠には謡は凡て無本である。それに仕舞を舞うし笛を吹くし、能楽批評もまた手に

 ったものだ。

  六回の伊藤氏は近頃小うたの方が忙しいとか、また竹内氏は神経痛で両氏共しばらく欠席つゞきだ。

日塔治郎氏は人も知る美声の持主、アメリカから帰国後めきめき腕を挙げたので、ゴルフをそっちのけ

にしても無理して出席して貰うこともある。臼井経倫氏は梅若泰之門下で押しも押されぬ重鎮、謡の方

も人格を反映して円満酒脱といったところ。次に十回生の逸物に西川清氏がある。大鼓は高安派の名手

で玄人の域を摩するもの、本会の至宝で、前記の小鼓の沢木氏と共に囃子の双璧をなす。松川武一氏は

鍛えた腕前でさびた謡振りに仲々捨てがたい味がある。藤井喜代治氏は自分ではもう忘れたようなこ

をいうが仲々どうして、これ程ゼニュインな謡は類が少ない。

  次に田中梅作氏。これは申すまでもないヴェテランで円熟という語が当てはまる本会の一方の雄だ。

森川瑛氏は今めきめき発展の途上にあり、理論と実際の真摯な研究家だ。最近参加した上村、三木両氏

も共に現役の謡い手で既に一家をなして居られる。

  婦人会員も前記の方々があり、いちいちは記さぬが、それぞれ特色があって錦上花を添える感がある。

お蔭で潤いのある会が出来て有りがたい。婦人会員大いに歓迎するところである。宝生流、喜多流の面々

のことは前に述べた通り。

  凌霜うたひ会風景も書けば限りがないが今回はこの位で筆を擱く。断って置きたいことは、この会は

決して自己の技を誇示するという風はなく、新進も古参も無差別に一堂に会して声と音を楽しみ、懇親を

旨とするものなので、謡曲に趣味を持つ方は上手下手を度外視して遠慮なく御参会あらんことを望むや切

である。 

                        (世話人・東京都世田谷区XXXXXX 高田 透)